獅子舞

出典: ののいち地域事典

野々市町の獅子舞


 獅子舞は、唐(中国)から伝わり、舞楽として演じられていました。

 その後、各地域で独自に発展し、宗教的行事や地域のお祭りに欠かせないものとなっています。
 また、獅子舞は、室町時代から江戸時代の初期頃に五穀豊作の祈祷、悪魔払いとして、太神楽師(伊勢、江戸)などの一団が全国を周ったことで広まったものと言われています。

 県内の獅子舞は、通常「加賀の殺し獅子」「能登の舞い獅子」と言われ、特に、加賀の獅子舞は勇壮で荒々しく、獅子及び獅子頭の大きさは、国内でも最大級とされています。

 加賀の獅子舞は、一向一揆があった頃から存在したとされ、獅子舞で披露される演技(棒振り)は、加賀藩が幕末から開国に際し、海防のための民兵を組織するために、武芸の修練として取り入れられたものと伝えられています。

 野々市町の各地域に残る獅子舞は、加賀の獅子舞の流れを受け継ぎ、町内には8つの獅子頭が残されており、現在でも町内の5地区の祭りで獅子舞が奉納されています。
 また、その武芸の技や伝統を守り伝えるために、今でも各地区の獅子舞の練習風景は他町に見せない風習が残っています。

 当町本町地区(3地区)に伝わる獅子舞は、金沢市地黄煎町(現金沢市泉が丘)に道場を構えた町田半兵衛の流儀を現在に伝えるものとされており、型の伝授は代々当地で家を継ぐ長男のみに継承されてきました。

旧荒町(本町1丁目)の獅子頭
   

布市神社の獅子頭
 

旧中町(本町3丁目)の獅子頭
   

旧西町(本町4丁目)の獅子頭
 

 富奥地区(2地区)に伝わる獅子舞のうち、中林に伝わる獅子舞は、同地区に道場を構えた西村清太郎に始まり、後に山本紋兵衛が四武川流などを導入し、現在の型を完成させたとされており、演目の中には柔術の一種である無手も伝えられています。

中林の獅子頭
 

粟田の獅子頭
 

 また、粟田に伝わる獅子舞は、昭和52年に神社社殿の改築に合わせ、地区有志の手により復興されたもので、演目の多さや型の伝承とあわせて子供達への指導、普及、保存に努めています。

※参考文献
『石川県の獅子舞 獅子舞緊急調査報告書』石川県教育委員会1986
『野々市町史 集落編』野々市町2004
『図説 野々市町の歴史』野々市町2005
『野々市の獅子舞』(野々市文化5号)野々市町郷土研究会1993


                   平成17年10月9日

 平成17年の秋祭り・獅子舞は下記の日程で開催されました。

 獅子舞は、本町地区は3年に1回、粟田は2年に1回、中林は毎年開催されており、また日程についても各地区まちまちです。
 当年は、合併50周年記念のため、本町地区では4町合同あわせを企画しましたが、雨天の関係で1日づれたため、3町合同あわせとなりました。

 
町会開催日始発地点
荒町(本町1丁目)10月9日(日)清水建築前
中町(本町3丁目)10月9日(日)野々市小学校
西町(本町4丁目)10月8日(土)布市神社
粟田10月9日(日)豊田日吉神社
中林10月9日(日)春日神社


 なお、「本町4町秋祭り合同あわせ」(本町2丁目は野菜神輿)は、雨天の関係で10月9日(日)3町参加により、町立図書館前の駐車場で開催されました。

平成17年の秋祭りの模様はこちらからご覧ください

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