豊年野菜神輿

出典: ののいち地域事典
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野々市豊年野菜神輿

 明治の頃、天災や病害虫で農作物に大きな被害が続き農民が非常に困り、有志が相談し農作物で神輿を造り、氏神様に献上し五穀豊穣を祈願した。

 以来、いろいろと工夫と改良を重ねて出来上がったのが現在の「豊年野菜神輿」である。  石川県石川郡野々市町本町2丁目(旧一日市)の若連中が中心になり、長年この「野菜神輿」が秋の布市神社大祭に奉納をされてきた。

 しかし、近年は、野々市町の若連中が中心になって、この「野菜神輿」造りが受け継がれ、現在に至っている。

 また、新しい取り組みとして、子供達にも参加し、楽しんでもらうために小型の野菜神輿を造り奉納している。

 豊年野菜神輿は、鳳凰の目は栗の実、頭部は栗のイガ、トサカは新ショウガの茎付、口ばしには大根、羽根はワラボウキ、尾はススキ、胸毛にはネコジャラシ、チカラバシなど、秋の草木を使用し、屋根は反りのある造りで稲穂を茸き上げる、棟の部分には太いロープを黒く塗り、先端を大きな円としてまるめ重量感をだしてある。

 鳥居は、レンコン、扉の仕上げは、キュウリ、ニンジン、豆、柿、みかんなどで飾り、神様を祀る富樫氏の家紋は、赤い円盤の上にナスで九曜紋をつくる。

 欄干の擬宝珠には、たまねぎ、ユウラクには唐辛子、千石豆、ナツメ、栗など秋の野菜や果物で仕上げ、生物なので練り歩く前日に夜を徹して取り付けられる。

 担ぎ棒には、紅白の布を巻き、三色の太い飾り紐にはもみがらをつめて取り付けて「野菜神輿」が仕上がり完了する。

 全体の型は、六角形で制作には2ヶ月を要し、高さ3メートル、重量は約1トン近くになり、全国に例のない豪華で自然美があり荘厳華麗な神輿である。

 また、古事に習い農作物を荒らす獣、害虫、害鳥を退治する刀、弓、まさかりなどを使って踊りを神様に奉納した謂れをもつ「弥彦パパ」が、神様の渡御を告げ各家々の悪魔払いをする。バク面を付けた乞食坊主という道化役も神輿を先導する。

 獅子舞と神輿との合わせは非常に見ごたえがある。野菜神輿を担ぎ「弥彦パパ」が舞い、獅子舞の棒振りが舞い、獅子舞と神輿の共演は大変勇壮で迫力がある。

 野菜を使用した神輿は、京都の北野天満宮のズイキ神輿が在る。


 平成6年よりハワイホノルルフェスティバル(全国の有名な神輿や山車が一同に集まる一大イベント)、過去4回参加(一基はハワイに寄贈)浅草の神輿と共演している。

 これを期に保存会を設立し、先人の力を後世に受け継がれている。



主に使用している野菜など

大根、レンコン、千石豆、にふじん、きゅうり、なす、唐辛子‥玉ねぎ、ショウガ、栗、柿、ナツメ、稲穂、すすき、ネコジャラシ、チカラシバ、その他野菜、果物

布市神社

石川県石川郡野々市町は、平安時代から権威を誇った富樫氏治世の本拠で、金沢市より文化が古い。 布市神社は、第7代富樫家国が寛弘6年(1009年)邸内に住吉三社を祀り、第12代泰家が文治5年(1189年)祖先の忠頼を祀って、大正3年(1914年)八幡二社を合祀し、布市神社と改称した。


(野々市町野菜神輿保存会パンフレットより)

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