むかし、中林村に権右衛門(ごんえもん)というおそろしく力持ちの若者がおったと。でも、気はやさしくて親孝行者じゃった。

 おとうやおかあといっしょに田んぼへ出て仕事を手伝ったが、力がありすぎて、鍬(くわ)や鎌のえがぽっきりおれてしまうことがよくあった。

 権右衛門は人の何倍もの仕事をしたが、食べる方も人の何倍も食べるという大食らいで、大きなどんぶりじゃわんで、おかわりにおかわり、どれだけ食べても腹いっぱいになるということがなかった。まずしいおとうやおかあは、ほとほと困り、頭をかかえたと。心のやさしい権右衛門は、大きくなるにつれそんなおとうやおかあのようすを見るのがつらくなってきた。

 

 一日の仕事を終えて夜になると、権右衛門は、こんな力を生かす道はなかろうかと考えこむようになったと。

 ある夜、とうとうよいことを思いついた。江戸(東京)へ行って強い力士(りきし)になろう。けど、江戸には日本じゅうから集まってきた強い力持ちが大ぜいいると聞く。わしは、ちっぽけな中林村の力持ち、江戸の力士とはくらべものにならない。もっともっと強い力があったら、江戸の力士になって、おとうやおかあにくろうはかけないのに……。

 権右衛門はふさぎこむ日が多くなってきた。おとうやおかあもそれに気がついた。

 「なあ、おとう。このごろ権右衛門のようす、少し変だとは思わんけえ。何か思いつめているみてえで、わしゃ心配で心配でならんのじゃ。」

 ある晩、いろりにまきをくべながらおかあは言った。

 

 「そうじゃ。わしも気になっておったんじゃ。ひとつ、それとなく聞いてみることにすっかあ。」

 おとうが権右衛門にたずねてみると、権右衛門は重い口を開いて、自分が思っていることを、つつみかくさず打ちあけたんじゃ。

 「あ、そうかい。おまえはわしたちのことを思って、そんなことを考えていたのかい。おまえは評判の大食らいじゃがな、その分だけ働きもあるから、いつまでもわしたちといっしょに働いてもらえばいいと思うとる。」

 「おとう、わしは江戸へ出て力士になりたいんじゃ。りっぱな力士になって、おとうやおかあに楽をさせてやりたいんじゃ。それにゃ、まだまだ力が足りん。もっと力を強くする方法はないもんじゃろうか、なあおとう。」

 「近ごろ聞いた話じゃがのう。となりの清金村にあるお宮を知っとるじゃろう。あの表宮にまつってある神様が、それはそれはありがたい神様で、願ったことは何でもかなえてくださるということじゃ。」

 それを聞いた権右衛門は、さっそくとなり村まで出かけていった。その日から毎夜毎夜雨が降ろうと風が吹こうと、神様に願かけをしたと。

 「どうか神様、今よりも、もっともっと強い力をお授けくださいませ。」

 権右衛門が願をかけて満願の百日目の夜のことだった。

 「今夜で百日目だ。神様もきっと、わしの願いを聞きとどけてくださるにちがいない。どうか神様、このわしに力をおあたえくださいませ。」

 けれども、権右衛門の必死の願いのことばに神様からは、なんの返答もなく大川の川面に、その声はむなしく消えていった。権右衛門はがっくりと肩を落とし、

 「あ、わしの願いもとうとう聞きとどけられなかったか。」

 力なくうなだれてとぼとぼと帰る権右衛門は、大川四ツ堀あたりをすぎたところではっとして足をとめた。

 ドドドドッ

 地ひびきがして、小山のようなものが向うからものすごい速さでやってくるではないか。

 「牛だっ。」

 たけり狂ったまっ黒な大牛が目をらんらんとさせ、太い鋭い二本の角をさかだて権右衛門の体にずぶりとつきたてようとつっこんでくる。体をかわすひまもない。とっさに肩を張り開いた権右衛門の体のしんからものすごい力がわきおこり、たちまち体のすみずみにいきわたった。

 「うむっ。」

 権右衛門の両手は、むんずとたけり狂った大牛の角をにぎった。権右衛門は両足をふんばり、にぎった角を力いっぱい右へ左へとゆり動ごかすと、岩のような牛は、右にゆらゆら、左にゆらゆらゆれる。

 「やあっ。」

 今まで一度も出したことのない大きな気合いが、こん身の力をふりしぼった権右衛門の口からほとばしり、大きな頭をねじまわした。

 ギリギリ、ギリギリ

 ほねがきしむ音がし牛の首はねじれていく。

 ギリギリ、ギリギリ

 山のような牛のからだはぐっとかたむき、四本の足をはね上げて空(くう)を切った。

 ドスーン

 さしもの牛も権右衛門のふしぎな力の前には、腹の底につたわる地ひびきと、砂けむりをあげて、たたきつけられた。

 権右衛門がぶじに家へもどり、とこの中に横たわると、急につかれを感じぐっすりとねむりにおちてしまった。

 どれくらい眠っただろうか。

 「権右衛門、権右衛門」だれかが呼ぶ声をゆめうつつで聞いた。何かしら気高い声のようであった。

 権右衛門が目をさますと、何と枕元のあたりが黄金色(こんじきいろ)に光りかがやき、まばゆくて目をあけていられない。

 そのこうごうしさに身のひきしまるのを感じ、ふとんの上に正しくすわり合しょうした。すると、頭の上からおちついたことばが聞こえた。

 「権右衛門、お前の力にまさるものはいない。江戸へ上って力士の道をはげむがよい。」

 「はい。ごもったいのうございます。」

 望みどおりのことをいわれ、はっとわれにかえった権右衛門が目をあけると、あのまばゆい光は消え、ただひとりがとこの上にすわっていた。

 「さては、あの山のような大牛は、表宮の神様だったのか。わしに力をあたえるために牛の姿になって現れてくださったのか。ああ、何とありがたく、もったいないことだろう。」

 次の朝、権右衛門はさわやかな気分で目をさました。そして、おとうとおかあに、きのうからのことをぜんぶ話した。ふたりのおどろきは大へんなものだった。

 「そうか、そうか。おまえの願いを表宮の神様は聞きとどけてくださったか。ありがたいことじゃ。早く江戸へ行き、りっぱな力士になる修業をしておくれ。」

 

 江戸についた権右衛門は、いっしょうけんめい技(わざ)をみがいた。そして、りっぱな力士に出世したということである。

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