むかし。

 上新庄の近くを流れる大川があった。(今の木呂川らしい)この川に、古ぼけた丸太の橋がかかっていた。長い年月、ずっとかけかえる人もおらず雨や風にさらされたまま、いつ落ちるかもわからぬくちようやった。

 さて、このあたりに弥三右衛門(やざえもん)という年とった百姓がおった。病気の息子をかかえ、わずかばかりの田畑をたがやして、ほそぼそとくらしをたてておった。わずかな畑は川の西側にあって毎日の畑仕事にはどうしてもあぶない丸太の橋を渡らなければならなかった。

 「なんとかせにゃならんわい」弥三右衛門は去年切り倒したままになっている背戸(せど)の杉の木のことを思いだした。

 「そうじゃ、あの木で橋をかけよう。」

 彼岸(ひがん)も近いある晴れた日、弥三右衛門は朝早くからせっせと橋のかけかえ仕事にはげんでおった。杉の木も運びおわり、つぎは橋の台をたてようと川岸に深い穴をほり始めた。ところが川原はがらがらの石原で少しほるにもほねがおれた。

 「こりゃあ、なかなかはかどらんわい。」

 いつのまにか頭のてっぺんにのぼっているお日さんを見上げて弥三右衛門はうらめしそうに汗をぬぐった。空は青く広がり、ひばりのさえずりが聞こえてくる。川岸のねこ柳もすっかりふくらみ、やわらかい風が弥三右衛門のほおかむりの中を抜けて通った。

 「なんちゅう気持ちのいい日や、一日一日ぬくうなっていくわい。このぶんじゃ桜の咲くのも早かろう。」

 ひとりつぶやきながら、ふと暗い家の中で一日じゅうねたきりでいる息子のことを思った。

 「わずろうて早や三年になるのう、あの子も今年十七じゃ。なんとか桜の頃までに良いきざしをみせてくれんかのう。」

 弥三右衛門はせつなかった。息子の病気が一日も早くなおるようにと雪の日も雨の日も四十万のお寺へお参りをかかしたことがない。今こうしていても四十万のお寺に向いて病気全快をいのり、しぜんと手をあわせている弥三右衛門やった。

 と、その時、

 

 「弥三右衛門。」

 と、どこかでだれかが呼んだような気がした。

 「弥三右衛門、弥三右衛門。」

 「おやっ。」

 ハッとふり返ったが人かげどころかねずみ一匹おらん。だがしばらくするとまた、

 「早く出してくれ。」

 と聞こえた。気味悪う思った弥三右衛門は、

 「だ、だれじゃっ、お、おめえはだれじゃっ。」

 とわめいた。すると、

 「ここじゃっ。」

 と、また聞こえた。どうも今ほっている穴からのようだ。

 「ひえーっ。」

 へたへたと腰の力がぬけていくような気がしたが、

 「こりゃおおごとじゃ、だれかしらんが早く助け出さにゃ。」

 と気をとりなおし、鍬をにぎりしめるとむちゅうでほり始めた。

 「ガッツン、ガッツン。」

 石をどかしてはほり、ほっては石をどかし、心はあせれど穴のほうはなかなか思ったようにははかどらない。

 そうこうしているうちに鍬はひとかかえもあるような石にぶつかって、カチンカチンというばかり。

 「ええいはがやしいや、鍬が間にあわねば手があるわい。」

 いうが早いが仁王のようにふんばって大石をもち上げようとするが、その石の重いこと重いこと。

 「ううん、ううん。」

 しわくちゃの顔からぽたぽた汗が流れ落ちた。

 「がんばれよいしょっ、ほらしょっ。」

 かけ声をかけながら弥三右衛門は右に左に前にうしろにと石をゆさぶって、とうとう大石をずるずるともち上げた。ぽっかりあいた穴の中が急にパッと明るくなった。

 弥三右衛門はよろよろと大石を横においた。

 「おうい、おうい。」

 ハアハア息をはずませながら穴に向って呼びかけた。

 だが穴はしずまりかえってもの音ひとつしない。それにしてもこのまぶしい光はなんだろう。そっと穴に手を入れた。なにやら固いものが手にさわった。

 「おやっ。」

 こわごわとり上げた弥三右衛門は、

 「あっ。」

 と息をのんだままその場にひれ伏してしまった。穴からとりだされたのは三十センチばかりの石の地蔵(じぞう)さまで目もくらむばかりのこうごうしい光をはなっているではないか。

 「もったいないもったいない。さっきからのお声はこのお地蔵さまであったか。」

 弥三右衛門は頭を地面にすりつけておがんでおったが、ふるえる手でほおかむりを取ると、ふたつに折って川原においた。

 「お地蔵さま、きたねえ手拭(てぬぐい)やがこんでも今朝せんたくしたもんやさかい、ちょっとの間しんぼうしてくだされ。」

 と、その上にうやうやしくお地蔵さまを横たえた。そして、いそいで川の水で手を洗い身体(からだ)を清めると、しっかりとお地蔵さまをだいてわが家へ走った。日はすでに西にかたむいていた。

 「なみあみだぶつ、なみあみだぶつ。」

 と念仏をとなえながら、あぜ道を走る弥三右衛門のうしろ姿をまっかな夕日が追いかけた。

 家についてみると、長い間ねたきりやった息子が門口でたっている。

 「お、おまえっ。」

 あまりのおどろきに口をパクパクさせるだけでことばがつづかない。

 「とうと。」息子はうれしげに走りよると、

 「おら、夢を見とるがかなあ、いましがた急に元気がわいてこれこのとおり、起き上がれるようになったんやっ。」

 「そうか、そうか。」

 弥三右衛門の顔はくしゃくしゃになった。

 「もったいない、もったいない。きっとこのお地蔵さまのおかけじゃっ。お地蔵さまのおかげでやまいはなおったんじゃっ、なおったんじゃっ。」

 弥三右衛門は泣くやら笑うやらしながら、胸にだきしめているお地蔵さまの話を聞かせた。そしてふたりは、あらためて、出居(でい)の床に台をおき、紙をしいてお地蔵さまを安置した。

 やがて話を聞きつけた村人たちが、あとからあとからやってきた。すっかり顔色の良くなった息子を見ておどろいた。村人たちの口からはひとりでに念仏を唱える声が流れ、お経をあげるもの、拝むもの、おそなえをするもの、その夜、いつまでも弥三右衛門の家からにぎやかな声が聞こえた。

 やがて、桜が満開になった春がすみの中、大川ぞいの畑では、朝早くから弥三右衛門親子がなかよく畑仕事に精を出す姿が見られた。

 その後、村人はこの大川を弥三右衛門川と呼ぶようになり、ここにかかる橋を今でも地蔵橋と呼んでいる。

 

郷土の民話・伝説集