むかし、粟田新保(あわだしんぼ)に与兵衛(よへえ)ちゅう、はたらきもんがおったと。朝の早ようから大川ぶちの田を打っとった。与兵衛の下の田で矢作の作兵衛も田を打っとった。

 「おうい。与兵衛どん。精が出るのう。どうや、一ぷくしよまいか。」

 与兵衛が声をかけると、作兵衛も手を休め、二人はならんで、大川の土手の草の上に腰をおろした。

 一日の過ぎるのもはやくて、西の空はうす紅く夕やけの色が残っていた。遠くの山々にはまだ雪が残っていたが、ぼっこりとあたたかく村々の桜はみごとに開き、畑のなの花も一面に咲きそろい、まことにのどかな春の一日が今くれようとしていた。

 「さあ、もう夜さりや、もうちょっこりでやめまいか。」

 と作兵衛がひょいと腰をあげ、何げなく大川の方を見た。そのとたん、作兵衛は、

 「あれっ与兵衛どん、ありやいったい、なんじゃい。」

 と大川の水面を指した。

 「何、何が……あれっ、おかしいぞ。水がきらきら光っとるぞ。」

 「少しずつ、こちらへ流れてくる。与兵衛どん。たしかめてみよう。」

 ふたりは土手をかけおりて、きらきら光りながら流れてくるものに近づいていった。まわりの水まできらきらかがやいて見えた。川の中へじゃぼじゃぼ入りこんで、その光るものを手にとった。ふたりはおどろいた。

 

 「あっ、これは神様じゃないか。」

 「ほんとうだ。もったいない。神様がどうして大川なんぞに……」

 与兵衛が両手にかかえたのは身のたけが三十センチばかりのまことにみごとな神様の像だった。神々しいお顔、厳としたお姿。与兵衛はそれを土手の草の上に立てた。与兵衛も作兵衛もひとりでに頭が下りその場にすわりこんでおがんだ。

 「作兵衛どん、どうしたらよいかのう。」

 「うん。こんなりっぱな神様、なんぞげにあつかうとばちがあたるぞ。」

 「ひとまず、与兵衛どんのうちへおうつしして、村のしゅうに相談しよまいか。」

 「そうじゃ、そうしよまいかい。」

 与兵衛はうやうやしく神様を自分のうちにもっていき、すぐに村のしゅうに知らせてまわった。村のしゅうはあとからあとからおがみにきた。

 「あ、もったいない、もったいない。おらどもが大川の水でなんぎをしているのを見かねて、神様まが現れなさったんじゃ。」

 「これからは大雨がふっても、粟田新保はこの神様が守ってくださるじゃろう。」

 「ありがたいことや。もう、大水のためにびんぼうせんでもいいというこっちゃのお。」

 粟田新保の村だけでなく作兵衛の話をきいて、矢作の村のしゅうも次から次と与兵衛のうちへ神様をおがみに来た。

 次のあさ、粟田新保と矢作の代表が集って、さて、神さまをどこにまつったらよいものかと相談し合った。どちらの村もありがたい神様をほしがったが、ふたつの田甫(たんぼ)ざかいに現れた神さまじゃから村のさかい目にお堂をたててまつることに話がまとまった。さっそくお堂をたてる工事がはじまった。木をはこぶもの、地がちをするもの、柱や床板をけずるもの、仕事はとんとんと進んだ。

 たちまいの日になった。カーン、カーンというつち音が遠くの村までひびいた。

 

 お堂は西の方に向けて立てられた。

 いよいよ神様をお堂にうつす神わたしの日になった。

 まわりには木も植えられ、小さいのぼりも立てられた。

 お堂の前には大ぜいの人たちが集まった。おとなも、こどももうれしがり、神様をみこしにのせお堂へはこんだ。

 「ヤッサ、ヤッサ、デンデコ、トコトコ。ヤッサ、ヤッサ、デンデコ、トコトコ。」

 神わたしの行事は無事にすんだ。

 さて、次の朝、

 矢作のしゅうがおまいりにきた。みな手を合せておがんだが、そのうちのひとりが、すっとんきょうな声を出した。

 「ありゃ、ふしぎなこともあるもんやな。神様が横んちょをむいておられるがい。」

 「あん、なんでや、神様が横んちょ……あれ、ほんまじゃ、こりゃどうしたことかいや。」

 「だれがやったか知らんけど、こんなことをしたらばちがあたるわい。」

 矢作のしゅうはていねいに神様を西の正面を向くようになおして村へ帰った。

 だれかが神様にいたずらをしているらしいということが、その日のうちに粟田新保に伝えられた。

 次の朝、ふたつの村から村のしゅうが数人、神様を見にいった。

 「ありゃあ、また、粟田新保の方を向いておらっしゃる。」

 「どういうわけじゃろう、こんなふしぎがおきるとは。」

 「おかしなこっちゃ、こりゃあ、だれかのいたずらではないかもしれんて。神様がご自分で粟田新保の方を向かれるのにちがいない。」

 「そうすると、この神様は、粟田新保の守神と、いうこっちゃな。」

 「うん、きっとそうじゃ。」

 さわぎはだんだん大きくなって、ふたつの村の寄り合いになった。そして、この神様は粟田新保の神様として、粟田の荒宮(あらみや)というところにお堂を移しまつられることになった。

 あらたかな神様じゃと粟田新保の村のしゅうはあがめた。

 それからというものは大水もなく村はだんだん豊かな村になったと。

郷土の民話・伝説集