蓮花寺の村に貞義(さだよし)さんという、信仰のあつい人が住んでおりました。正月もすんで二月に近い、ある朝のことです。もう外も明るくなったので寝床から起きようと思いながら、ついついねむってしまいました。すると、夢枕に、うす墨(ずみ)の衣を着た大きなお坊さんが立たれました。そして、ちょうど奈良の大仏さんのような手のかっこうをするのです。貞義さんは、びっくりして見ていますと、どこからか鶴(つる)が一羽飛んできて、お坊さんの右手の先にとまりました。次にまた一羽の鶴が飛んできて今度は、お坊さんの左の手の上にとまったのです。貞義さんは、
「何と立派なお坊さんだわい。何とめでたいことだろう。」
と感心しておりますと、お坊さんも鶴も消えてしまい、片仮名の「ム」という字が見えるのです。なんだろうと見ていると、その下に「月」の字が見えて来ました。そして、その横に「ヒ」の字が二つ現われ、続いて点が四つ出て来るのです。
「あら、おかしなこともあるものだ」
と思っているうちに野原の「野」の字が簡単に出てきました。
「ははーん。これは熊野と読むのだわい」と思ったとたん目がさめたのでした。
しかし、その目のさめる間際に、誰れの声かわかりませんが、はっきりと「七七〇年」という声がしたのでした。
貞義さんは、目をさまして、
「おかしな夢を見たものじゃわい」
と思いながらも、それほど気にもとめませんでした。ところが、次の日も、次の日も三日続けて同じ夢を見たのです。
それから十日程たった日のことです。お宮さんの宮司(ぐうじ)さんから、各村々のお宮さんの総代の方々に集まっていただく総代会があるということで、貞義さんも蓮花寺のお宮さんの総代をしておりましたので出席することになりました。
宮司さんは、たくさんの総代の方々の前で
「実は、皆さんのお宮さんの中で、めでたい年にあたるお宮さんがある」
といいだされたのです。貞義さんらは、何のことだろうと聞いていますと、今年は、蓮花寺のお宮さんである熊野社が七七〇年の年祭にあたる、ということで、人間は七七歳で喜寿のお祝いをするが、神様は七七〇年でお祝いをするものだと聞かされました。
「蓮花寺では今年は大祭(たいさい)をしなければならないし、記念の行事もしてほしい」
と話されました。
貞義さんは、びっくりすると共に、この間の夢は、これだったのかとやっと思い出し、さっそく村に帰って、寄合いを開いてもらい、夢の話しや宮司さんから聞いた話をして、村の人々の協力で大きなお祭りを行ない、記念の行事も二年後には無事終わることができました。
郷土の民話・伝説集