「きっちょもんさ」の家に、太吉という子どもがいました。太吉は朝から晩まで村じゅうを遊びまわっていました。
ある日のこと、遊びに出た太吉は、晩になっても帰ってきませんでした。家の人も、村の人も探しまわりましたがみつかりません。
「どうも太吉は天狗(てんぐ)にさらわれたんじゃ。」
「そうじゃ。きっと本町の北横宮の森の天狗にさらわれたんじゃ。」
村じゅうが大さわざになりました。それもそのはず、本町の森は昼でもうすぐらく、むかしから天狗が住んでいると言いつたえられていたからです。そこへ、村では一番年上のじいさんがやってきて、
「天狗は鯖(さば)が大きらいじゃと、むかしからいわれとる。どうじゃ、みんなして〝よんべ鯖食うた太吉やおらんかあ″と呼び回ってみたら出てくるかも知れん。」
「そうじゃ。みんなして呼び回るまいかい。」
さっそく村の人たちは大声で、
「よんべ鯖食うた太吉はおらんかあ。」
と、野々市の在所中回ってみましたが、その夜、太吉は家へ帰って来ませんでした。
次の日、専光寺浜の松林に子どもが泣いているという知らせを聞いた村人達は、さっそく行ってみると、大きな松の木のたもとで太吉が泣いているではありませんか。
「おお太吉じゃ。太吉じゃ。」
父も母も、しっかと太吉をだきしめました。
「やっぱし天狗は、鯖がきらいなんじゃ。」
「そうじゃ。そうじゃ。」
それから後は、夜おそくなっても帰らない子どもがいた時、
「よんべ鯖食うた……。」
と、大きな声で探したということです。
郷土の民話・伝説集