むかし、野々市かいわいに、虫送りの季節になると、妄念(もうねん)太鼓の音がどこともなく聞えてきて、人々をこわがらせました。

 野々市村にいると、松任の宮永や横江の方角から聞え、押野村にいると、松任の倉部や八田の方から聞えてきたそうです。

 夜中の一時から二時にかけて、

 「ボ、ボ、ボーン」「ボ、ボ、ボーン」

 と低く、しかしはっきりと聞えてくるのです。

 むかしは、村の若者達が、虫送りの行事のときに、日頃のいざこざのうさばらしをしたものでした。

 大きなかがり火をたいて、つの笛を吹き、村の太鼓を打ち鳴らして腕をきそいあいました。

 茶話会といってかがり火でお茶を沸かして、夜のふけるまで楽しんでおりました。

 中には村と村の力自慢を張り合うあまり、けんかになることもあって、大さわぎになることもしばしばでした。

 そんな、けんかの恨みをもって死んだ人が、虫送りの時期になると、太鼓の音となって村々に無気味に呼ぶのだろうといわれています。

 その恨みの妄念も何年か過ぎれば、恨みもおさまり太鼓の音が止むといわれます。

 今頃八十才あまりのおじいさん達の若い頃に聞えたという妄念大鼓も、このごろでは、だれの耳にも聞えなくなってしまいました。

 近年の虫送りになると、今の青年や少年達が練習のために打ちならす太鼓の音は聞えますが、ちっとも無気味な音ではありません。

 力強く勇ましく夏の夜風にのって響きわたって、

 

 「ああ、稲の穂の出揃う季節がきたのだなあ。」

 と、むしろ太鼓の音にのどかな農村の姿が感じられます。

 また一方、勇ましく大きなたいまつを持つ若者や、小さなたいまつを持ってついて歩く子供達など見ていると、むかし農薬のなかった時代に、たいまつの明りと太鼓の大きなとどろきとで、稲の害虫を追い払い、一心に豊作を祈った農民のきびしい生活を感じさせてもくれる農村の風物詩の一つです。

郷土の民話・伝説集