むかし、むかし。
野々市にまだキツネがうようよしとった頃の話しです。
火止川(ひとめがわ)あたりに七兵衛という若い男が住んでおりました。毎日わらじやかごを馬につんで、尾山(金沢)へ商に行き暮しをたてておりました。
春もはじめのある日のこと、七兵衛はいつものように、わらじやかごを馬につみ町へでかけました。その日は残らず品物が売れて、かわりに近所からたのまれた魚や油揚をどっさり買い入れることができました。
「ああ、すっかりおそくなってしまった。おまえも腹がすいただろう。」
七兵衛はまめまめしく馬にかいばをやると、自分もそばでおそい昼めしを食べました。そうこうしているうちに、はや、日は西にかたむいて冷たい風まで吹いてきました。
「うっ、寒い寒い。こう寒うてはおまえもつらかろう。」
七兵衛は、やさしく馬に話しかけながら急いで帰りじたくをはじめました。馬は七兵衛のことばがわかったようヒヒンと首を横にふると、カッポカッポと足ばやに野々市にむかってあるきはじめました。松並木もすぎ、やがてススキのおいしげった火止川あたりにさしかかった時は、すっかり足もとが暗くなっておりました。
「ちょっとまてや。」
七兵衛は馬をとめると、ちょうちんに灯を入れました。と、その時、
「七兵衛どん、馬にのせてくれ。」
とつぜん頭の上から女の声がします。
「だれやっ。」
七兵衛はひょいと顔をあげてびっくり。ちょうちんの灯の中で首をかしげているのは、いいなずけのお花どんではありませんか。赤いかんざしをチラチラさせて、まぶしいほどきれいでした。
「お、お花どんではねえか。」
「そうや、七兵衛どん馬にのせてくれ。」
お花どんはあまえたように又、首をかしげました。
「よっしゃ。」
七兵衛はいそいでお花どんを馬にのせると、
「ピュルルル、わしが可愛いお花どん、わしが可愛いお馬どん。」
口からでまかせの唄をうたいながら、まんぞくでした。
春といっても、まだ枯れたススキの根もとにところどころ白い雪が残っています。
「どうや寒くねえか。」
しばらくあるいて七兵衛はなんの気なしにふり返りました。
「あれっ、大変だあっ!。」
すっとんきょうな声をあげ目をパチクリさせた七兵衛は、今きた道をいったりきたりしてあわてだしました。それもそのはず、たった今、のせたばかりのお花どんがいないのです。まるで神かくしにでもあったように、馬の上から姿を消してしまったのです。
「おーい、お花どーん。」
呼んでも叫んでも、とっぷり暮れた川ぞいの道からはなんの返事もかえってきません。ただ、雪どけの水音だけがドブンドブンと聞こえてくるだけでした。ああでもない、こうでもないと考えとった七兵衛は、やがてハッとしたように馬にかけよると、
「しまった!。」
と叫けびました。ない、ないのです。あんなにつんできた魚や油揚がひとつもないのです。これはまぎれもなくキツネのしわざにちがいありません。
「まんまとやられてしもうたわい。」
七兵衛はじだんだをふんでくやしがったが、もうあとのまつりです。
次の日も次の日も七兵衛は、同じちょうしでだまされ、魚や油揚をとられておりました。
「もうだまされんぞっ。」
七兵衛はかんかんになってどなりました。
次の日、村のしゅうに訳を話して庭に三つ又(竹を三つに組んだもの)の用意をたのむと、うす暗くなるのを待って火止川のそばへやってきました。あんのじょう、お花どんが赤いかんざしをチラチラさせてやってくると、
「七兵衛どん馬にのせてくれ。」
といって首をかしげました。
「そうらきた。」
七兵衛はまっていましたとばかり腰の荒なわをほどくと、
「そんなにのりたけりや、のせてやろう。」
というが早いか、お花どんを馬の背中にくくりつけてしまいました。
「ひどいわ、ひどいわ、七兵衛どん。」
お花どんは、ぼろぼろ大きな涙をこぼしました。
「きょうはだまされんぞ。だまされんぞ。」
七兵衛は聞こえんふり、見んふりをして、とうとうお花どんを家までつれてきました。庭にはすでに三つ又が組まれ、青々とした杉葉が山とつまれてありました。村のしゅうは、
「これ正体現わせ、ふといやつや」
くちぐちにののしって手足をしばり、お花どんを三つ又につるすと杉葉に火をつけました。青い杉葉はからいからい煙をブスブスはきだします。
「さあどうだ、これでもか。」
わいわいさわざながら村のしゅうは次から次へと生の杉葉をくべ、うちわであおぎました。すると、どうだろう、あつさと、のどや目の痛さにがまんしきれなくなったお花どんは、とうとうクゥーンワン、クゥーンワンと悲しげに鳴きながら大きなしっぽをだして、小牛ぐらいもある銀ギツネの正体をあらわしました。キツネは苦しそうに身をよじりながら、
「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ。」
と涙を流します。根がやさしい七兵衛どんは、キツネがかわいそうになり、村のしゅうにたのんでキツネを許してやりました。
そんなことがあってから、商のおわった七兵衛が火止川のそばを通ると、きまって助けたキツネが顔を出し、
「七兵衛どん、かんにんや。ここんとこはげた。」
と、やけどをして皮のむけた背中を見せたと言うことです。
火止川は天明の頃、野々市に大火があって、この川をもって火勢を止めたことからこの名前がつけられました。又、西から山手に向って流れているところから、加賀の逆(さかさま)川ともいわれ有名です。
郷土の民話・伝説集