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A21●徳用(とくもと)
徳用町
白山(しらやま)比(ひめ)神社蔵1356年(延(えん)文(ぶん)1)の文書に「東得用」の地名がみられ当地に比定されています。(本8)
松任城主鏑木氏の一族で塚田徳用が居住していた所で、後に田中村を分村でするときに徳用の名を採ったとされています。(本5)
1902年(明治35)金沢市から野々市村を経て松任に至る軌道が敷かれ、最初は鉄道馬車、1916年(大正5)から松金(しょうきん)電車が走っていました。近代は郷村に属し1956年(昭和31)の分村合併から野々市町の町名となっています。
松金電車
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