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page=9 : 小蜃(こびる)昭和23年頃、鶴来、野々市、松任の3町を除く石川郡の、農家平均の所有耕地面積は132a。冨奥村は169aで、中奥村や出城村の186aに続きトップクラスにいた。当時の富奥村の総耕地面積は489ha。全て稲作可能な水田であり、そこから生産される米は、農協にとっても主要な関心事だった。写真は、代掻き作業時に「小昼」をとりながら一服しているところ。手前に置かれた藁製の手籠(てんご)は、農作業の必需品だった。