平成19年、三納の日下日吉神社が新しく築くりなおされ、十月に竣工・慶賀祭が催された。
「太平寺の社殿も、つい最近では?」
「堀内のも新築して十年たっていない。いずれも、億を超える費用だったようだ」
「新しいものは気分がいいけど、まとめ役のご苦労は並大抵ではなかった・・」
「賛同者がいなければ、誰にも務まらないよ」
「農村部の精神的なきずなの、ひとつの象徴!でしょうか」
「ところで、町の文化財に指定されている厨子の修理で、新しい事実がみつかったという」
「何かしら?」
「傷みが激しいので、京都の専門家に依頼したところ、扉に狐の姿が現れた」
「狐ですか」
「かっては描かれていたものが、何かの事情で塗りつぶされていたらしい」
「ご神体をおさめる厨子に、狐の絵・・。ミステリアスですね」
「厨子は江戸末期のものと推定されているから・・」
「やはり、明治の神仏分離令のあおりだったのでしょうか?」
「簡単に決めらつけれないが、集落では皆で相談のうえ、そのまま復元しようということになった」
「それが、この写真ですか?」
「狐が描かれていた謎をとく鍵が、実はここにある。集落に伝わる『きつねやぶ』[注1]の口承だ。Aさんの聞き書きの労作だが、読んでみる・・」
「ひとと狐の共生談。なんとも微笑ましいわ。篤ちゃんにも読ませたい~」
「多少の悪さはしても、鼠やモグラを駆除してくれるから、狐を追い払わない」
「エコ、エコと、最近は環境問題がやかましいけど、昔のひと達にはちゃんとわかっていたんだわ」
「先人のほうが複眼的で、物事の尺度が一方にかたよらない」
「生活の知恵でしょうね。しかも子供でも解かる物語で、代々伝えてきた」
「はなしの中に『おおみち』が出てくるが、野々市から鶴来への往還を、かって『白山大道』と称していたが、それでも野狐が出没するレベル・・」
「民話にも、歴史のヒントが埋もれているってことですか?」
「それはさておき、厨子は、一般的には仏像を納めるもの。それが、この神社ではご神体を蔵している」
===============
☆石造山王権現神像は、側面に寛延4(1751)年8月20日銘がある。山王権現大山咋神を束帯姿で表現しており、神仏習合を表わす貴重な歴史資料だといえます。[注2]☆
===============
「神仏一体という視点であれば、違和感などはなかった」
「地名の三納も、山王社(日枝神社の別称)があったことから『山王村』とも記したようだ」[注3]
「そうなんだ! 三納に納得~(笑)」
===============
☆「習合して千年、分離して百年。民衆の隅々にまで浸透した習合が、たった一つの命令で分離出来るわけがない・・」
(春山景樹の述懐)☆
===============
「神社は神道。宗教学的にはそういうのだろうが、産土神(うぶすな)や鎮守神はむしろ習俗的にとらえた方が分かりやすいようだ」
「歴史というと、すぐ古くさいなどと敬遠しがちですが、伯父さんみたいに身近なところから入ってゆくと、次々と興味が湧いてきますね」
修復された厨子の外観
(2009.10.26)