庭先の玉簾が一斉に咲き出した。細い茎の先に白い花が可憐で、ひとしお涼し気だ。今年は連続真夏日が各地で50数日などと、観測史上例をみない猛暑に見舞われたせいか、例年より3週間くらいも遅い開花だった。
「勧進帳は多くの人に知られていて、何処で話しても前置きがいりませんね」
「そうだね。ところで全国区で郷土の歴史に関わるものが、もう一つある」
「何でしょう?」
「平家物語だよ」
「―祇園精舎の鐘の声―で始まるあの物語ですか」
「そう、たいがいの人は、中高校の授業で退屈した時間という記憶が強いだろうが、物語の前半部に、仏御前・白山信仰・鵜川軍など石川県にゆかりある出来事が続けて出てきて、これが結構おもしろい・」
「私なんか、ライトノベルに関心が向いて古典は素通り・」
「平清盛に寵愛された仏御前は、祇王とのからみで多くの人に知られているようだ。私には『鵜川軍』の章の方が、平安末期の当地の事情が推測できて興味を惹かれる。少し読んでみるかな」
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☆彼の西光が子に師高と云者あり。是もきり者にて、検非違使五位尉に経あがッて、安元元年十二月廿九日、追儺の除目に加賀守にぞなされける。国務をおこなふ間、非法・非例を張行し、神社・仏寺・権門・勢家の庄領を没倒し、(略) 同二年夏の比、国司師高が弟近藤判官師経、加賀の目代に補せらる。☆[注1]
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「ちょっと変わった文章ですね」
「もともとは語り言葉、それも琵琶の伴奏つきで聴くもの。その文字だけを黙読するとそんな印象になるのかな」
「琵琶は楽器としては古いものですね。二胡の演奏は、近年あちこちで聴けるようですが、琵琶の実演はまだ聴いたことがないわ」
「ついこのあいだ、音楽堂でその琵琶の演奏を楽しんだばかりなんだ。平家物語から『敦盛の最期』を原文どおりに弾き語る曲目があり、耳で聴くぶんには古語という感じが少なく、かなり意味が汲めたよ」
「あら、伯父さん・。なんか贅沢な時間を過ごしているみたい・・」(笑)
「話を戻そうか。文庫本で2ページ足らずだけど、国府や鵜川(現小松市)を舞台に騒ぎがおき、それが都へ波及する過程で、このシリーズ前々回の『加賀の白山もえ候』でも一部引用したように白山宮と比叡山の関わりが書かれていて、おのずと引き込まれる」
「そうですね」
「寺の浴場への乱入を発端にして、国衙(こくが)と寺社勢力の双方が報復合戦に及ぶなど、子供のケンカみたいだが、農地への賦課など経済権益をめぐる根の深い対立の表面化が、事の本質だろうな・・」
「物語りだから、派手なケンカ騒ぎに仕立てたってワケですか」
「だいぶ、察しが良くなったね(笑)この師高・師経らの処分をめぐり、次章『願立』次々章『御輿振』では、中央での大きな政治問題へと展開してゆく。まさに源平合戦のトリガーとも言える近藤師経の行動だった」
「石川では源平合戦といえば、俱利伽羅での木曽義仲的な印象が強いけど、その前段でも深い関わりがあったということですか?」
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☆其後当国の在庁ども催し集め、其勢一千余騎、鵜川におしよせて、坊舎一宇も残さず焼きはらふ(略)☆[注2]
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「小さいが、ここにおもしろい絵が残されている」
「これだと、文章以上にリアルな感じで迫ってきますね」
「お隣の福井県にゆかりのある、岩佐又兵衛という戦国時代の画家の作品だよ」[注3]
「『当国の在庁ども』の中に、国司の配下として当地を治めていた林や富樫の一族も動員されたようだ」
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☆富樫家直は、安元二年の鵜川涌泉寺事件に関わったとして、後に失脚して終身上洛することがなかったと伝えられている。堀麦水著「三州奇談」などの家直を主人公とする馬塚伝承は、白山衆徒らに仏敵と見做され失脚した家直の実像を隠蔽するために富樫側の後人による増補といえるであろう。☆[注4]
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「伝承や古誌の記述は、無条件に事実だったとするのは考えものなのですね・」
「つい先日、松任で近藤師高についておもしろいものを見つけた」
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☆安元2(1176) 加賀介近藤師高 館をつくる(築城)☆[注5]
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「目代の居住地が小松辺の国府ではなくて松任だと、富樫や林の支配地と目と鼻の近さ・」
「先祖が藤原系(?)だから、目代の要請を断れなかったのか。国司の館の近くに住むため、知らぬ顔ができなかったものか。あるいは自分の所領地に、白山宮などへの寄進による荘園化面積が増えて、この機会をとらえてその蚕食の一挙挽回を期待しての行動だったのか。いくつかの理由が考えられる」
「また、宿題が増えましたね」(笑)
(2010.12.21)
[注1]山下宏明ら校注 岩波文庫版「平家物語(一)」 -98-
[注2] 〃 -100-
[注3]岩佐又兵衛勝以「和漢故事説和図 近藤師経と寺僧の乱闘」(福井県立美術館所蔵)
[注4]藤島秀隆 「鵜川いくさをめぐって」 ののいち町民大学校講義より
[注5]松任城址の碑文より
鏑木悠紀夫著 「松任城と一向一揆」 -32-
[参考文献]若林喜三郎監修 「石川県の歴史」-67-
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