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第十章 経済厚生と一村一心
(第三節 経済更生計画樹立)
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==第三節 経済更生計画樹立==

 

第三節 経済更生計画樹立

 一、趣旨

  本村は純農村にして米作をもって唯一の生業とし、挙村一致協力、温良なる美風を発揮してきたが、世相の推移は遂に農家経営をして経済的一大苦痛を負わせるに至り、村内経済状態も不振となった。米作は早生種を主体とし、副業にわら工品生産も盛んだったので、肥料は殆んど金肥に依存し、そのため負債は年々増加し、ために本村内の土地で他市町村への売買譲渡が漸次増加した。加えるに生計程度は収入を超える状況となった。全村ここに一大覚醒し、村経済更生の大計を樹立し、村民各自が真に農民精神を発揮し、自奮自助すみやかにその実施に取り組むべきときとなった。ここにおいて農会、産業組合、自治会、男女青年団、婦人会など各種団体は、統一連係し、その改善更生を分担し、計画遂行に直進しようということになった。

  計画の大綱は産業組合拡充と農業経営の改善にあった。即ち、多角形農業経営をもって生産と収入を増大し、過剰労力の活用、金肥の全廃、有畜農業の奨励、野菜栽培などにより収入の増加を図る。生活面では冗費を節約し、支出を合理化し、もって貯蓄を奨励し、計画的に負債の返還を実行し、経済更生の目的達成につとめるべきとされた。また、この実行にあたっては各部落の農事改良組合をして実行斑とし、組合、農会などと密接な関連を保つことはもとより、学校その他教化団体とも連絡協調し、本村経済更生委員会の統轄により、活動し計画実行し、円滑を期すものとされた。

 二、計画実行組織

 

   農業経営改善五ヵ年実施計画要項

 一、水稲 総収量九、一一七石 (反当平均収量一・八石)を昭和八年度以降五ヵ年間に漸次増加し、早稲六割、中稲一割、晩稲三割を目標とし、第五年次において反当収量平均二石七斗となし、総収量一三、六七五石、価格にして二七三、五一〇円を目標とする。実施要項として優良品種の統一、共同採種圃、苗代の改良(四尺短冊播き、坪当たり三合以下)自給肥料の増施、実収調査などを行う。

 二、水田裏作 大麦、菜種、馬鈴薯の昭和七年度作付け反別十町九反歩、収益三、〇八八円を、第五年次まで全耕地の三割まで増加作付けし、一五二町歩とし、四五、六〇〇円(坪一〇銭)とする。実施要項は、優良品種の統一、栽培法の改善、実地指導の奨励、採種圃設置、農事改良組合の督励、実収調査、優良種子の共同購入など。

 三、野菜園芸 栽培反別二一町五反、一九、三五〇円を、以後全耕地の一割栽培を目標とし、五年次において反別五一町八反歩とし、六二、一六〇円の収益とする。特産品の栽培、出荷組合の設立、優良種子と品種の統一、実地指導懇談会、研究講習会を実施する。

 四、わら工品 現況のなわ製造農家は二五〇戸、収 入四、七〇八円を、五年次には生産一〇万貫、収益六、〇〇〇円を目標とする。農事改良組合、産業組合と連係、共同販売製品の統一、品質の向上を実施指導する。

 五、養魚 鯉の養殖農家四〇戸、種魚の共同斡旋、養魚組合の設立助成などで、五年次には収益一五、〇〇〇円を目標とする。

 六、豚 有畜経営組合、養豚組合の設立助成を促し飼育方法を改善し、豚尿の利用を奨励して、現在七六頭を一戸平均一頭以上とし、五年次に三〇〇頭に達し、三、六七四円の増収を計画する。

 七、耕牛馬 五ヵ年間に現在の一八頭を八〇頭とし、季節春耕期の借入馬を廃し、労力の節減並びに畜力利用の増進、自給肥料の増産を図り、収益として馬二、八〇〇円、牛四、○○○円を見積もる。

 八、養鶏 飼育成鶏八一〇羽数、ひな九〇三羽数を五年次までに一戸平均成鶏五羽以上、産卵一八〇個を目標とし、村全体として成鶏一、〇五〇羽数、産卵二七万個に達し、六、五二五円の収益とする。

 九、自給肥料 推肥二万貫、廐肥一二、〇〇〇貫、鶏糞一二、六〇〇貫、豚尿一〇八、〇〇〇貫に増加し、価格一、一九一、六五〇円(現在二二、一五五円)として金肥を節約する。このため舎屋の改善、利用奨励に努める。

 一〇、農産加工 トマトソース、ケチャップ、みかん、大根、沢庵漬けなどの製造で現在一、〇〇〇円を五年次まで三、七五〇円を目標とし、生産の商品化を計画し、品質の向上、販売方法の改善、加工技術の指導などを実施する。

 一一、 醤油醸造 農事改良組合と提携し、醸造の実地指導、講習会の開催などを行い、五年次までに全消費を自給とし、四、三二六円の利益とする。

 一二、 労働 勤労簿を作製、記入し、指導を督励し、経営の改善と合理化を図る。

 一三、宅地利用 幼苗の育成、苗木の共同購入など空閑地を利用する。

 一四、経済記帳 決算、予算の記帳を励行し、記帳奨励調査員を設置し、経済記帳の徹底を期す。以上計画によると現在の総収入は二一七、五二六円だが、五年次には収益一ヵ年に四五二、一四二円となり、二倍を突破、現在に比較して二三四、六一六円の増収となる。

 

 

 三、金融改善計画

  産業組合事業促進実施

 イ、加入者 区域内戸数三〇六戸のうち未加入者を完全になくする。

 ロ、販売 常に組合に委託するよう徹底方を強化する。昨年度(昭和六年)は米の総収穫量一二、四〇八石のうち、組合に売り渡された数量は二、〇八九石に過ぎなかった。このためなわ再製機の備え付けにより、生産品の全部を取り扱い、有利に販売する。

 ハ、購買 肥料は全消費の八割、二一、三五六円を取り扱っているが、五年次までに一〇割二五、八五〇円にする。

 また、日用品消費は取扱高の五割、一、七六一円に過ぎないので、五年次までには利用高八割、一八、五二三円に達するよう努力する。

 ニ、経済更生貯金 今次計画の重要眼目なので、毎年十月上旬を期して各自次のように必ず貯金の励行につとめる。

 一町歩当たり 地主 一斗

 〃      自作  二斗

 〃      小作  一斗

  これより以上は制限せず、米をもって貯金をし、一ヵ年総額一、七二八円を目標とする。

 四、消費並びに生活改善要項

  生活の簡易化

 イ、死蔵衣服を少なくすること。(外出着は現在のものを破損するまで着用、新調せざること。順次季節的なもの一着とすること、平常着の補充は実用的なものを選ぶこと)

 ロ、食品は自給自足とすること。(食品の栄養価に対する知識の向上を図ること。料理法の工夫、栄養料理講習会などの開催につとめる)

 ハ、衛生的で便利な家屋とすること。(改築、修繕の際実施すること。産業組合より低利資金の融資をする)

  家事経済運営の改善

 イ、購買方法を改めること。(日用品、婚礼、葬式など、なるべく組合を通じること。すべて現金とすること)

 ロ、予算生活を徹底すること。(家計簿をつけること。家族の合議によること)

  社交儀礼の改善

 イ、村内において行う冠婚葬祭などの儀式の場合は、なるべく木綿の紋服を着用すること。その他の会合も綿服とする。

 ロ、男女青年団では娯楽研究会を行い、民衆娯楽を盛んにすること。

 ハ、休日と業務始終時間の励行統一。(縁日や記念日、または一村全体の休日以外は休まないこと)

 ニ、冠婚、初産帰りの経費節限。(他町村にあるものは実行組合長などと相談し、了解の上で適当に実施すること)

 ホ、季節贈答品。(季節祝儀の贈答は結婚後二ヵ年とし、その他の餅、赤飯類は全部廃止する)

 ヘ、祝儀贈答品。(入退営軍人に対しては別とし、部落、団体などでの慰籍、祝はこの限りでないが、入退営軍人は一切土産物、饗応をしないこと。建物祝い、生産祝いなどもしないこと)

 ト、疾病災害見舞い。(被災者に対しては村または団体、親戚のみ行うこと。病気見舞いはなるべく金品で行うこと)

 チ、葬儀、法要費用の節減。(葬儀は共同葬具を用いること。その費用は上七十円、中五十円、下三十円以下とし、法要費用は右の半額以下とする。香典返しは厳禁、五歳以下の死亡には香典は贈らぬこと)

 リ、時間の励行。(各種集会の定時励行)

 ヌ、会合交杯厳禁。

 ル、一ヵ年二回以上節約日を定める。

 オ、一ヵ年二回以上娯楽日を定める。

 ワ、家庭衛生。(毎月一日を期し、飲料水、下水溝、流し場、台所の掃除をし、食器だな、炊事具を洗い、日光消毒をすること)

 カ、交通衛生。(年二回以上道路を清掃する。青年団、軍人分会、消防組、小学生などの勤労奉仕とする)

  その他教育、勧業、社会の各施設に対して忠実であること、精神修養につとめるべきこと、納税期日は格守することを強調する。

 以上で経済更生五ヵ年計画の大綱が樹立されたが、この遂行のため村民の合言葉として「一村一心」の標語を全体協議会で決め、まい進断行することを誓った。

 

 

  五、済経更生計画の実績

 イ、米の生産

  樹立当時      総収量  九、一一七石  価格一八二、三四〇円

  実績(昭和十年度) 総収量 一三、九七二石  価格 四〇〇、八二七円

 ロ、水田裏作反別

  樹立当時一七町二反   実績(昭和十年度)二五町九反

 ハ、蔬菜園芸

  樹立当時      トマト一五反、西瓜八反、甜瓜五反、胡瓜一〇反、大根その他五〇反

  実績(昭和十年度) トマト三五反、西瓜四三反、甜瓜二一反、胡瓜二一反、大根その他九一反

  青果出荷組合を設立し、販売を有利にした。

  六、農家の実績例

 純小作農家(自作地田八畝歩、畑四畝歩、小作地田二町二反四畝一二歩)

  〔収入〕米六一石三斗、一、四七〇円、大麦二石一斗、一六円、トマト二、〇〇〇貫、 四〇八円 (青果売上収益)トマト加工品八〇円(加工組合利益配当)大根九、〇〇〇本、六三円(売上収益)胡瓜四〇、〇〇〇本、二八五円(売上収益)その他蔬菜四三円、大豆二石八斗、三九円、小豆二斗五升、三円、筍三〇貫、七円、縄一、二〇〇貫、九四円、豚四八〇頭、四三〇円(肉豚販売)合計二、九三八円

  〔支出〕小作米二四石、五七六円、肥料代二四三円(水田用一五〇円、蔬菜用九三円)飼料代一八二円(醤油粕代二七円、豆腐粕代二五円、豆粕並びに魚粕一三〇円)温床費四八円(木框、醸熱物購入)種子代五円(購入種子)雇人費五人、三円(臨時雇)諸係一五〇円、農舎、農具費四〇円(修繕または購入)借馬料四〇日三四円、籾摺費二二円(六十一石分)薬剤費二二円、雑費一六円、合計一、三三二円、差引収益金一、 六〇六円

 自作兼小作農家(自作地二町一反九畝二〇歩、小作地六反一畝一〇歩、畑一反三畝一〇歩、計二町九反四畝一〇歩)

  〔収入〕米二町八反三畝、七八石五斗七升、二、一九九円九六銭、屑米二石、三〇円、粃二石、三円、藁三、八〇〇貫、三八円、大麦三反二畝、一二石四〇〇貫、九九円二〇銭、大豆二石二〇〇貫、三〇円八〇銭、小豆四〇〇貫、一〇円、そば八畝、一石二〇〇貫、九円六〇銭、紫雲英二町一反八畝、三、九六六貫、二七円七六銭、同種子八畝、五斗、二〇円、西瓜五畝一〇歩、四二貫、二九円四〇銭、大根一反三畝、一石二斗、一四五円、馬鈴薯一反六畝、六斗四升、六七円二〇銭、その他二反五畝、二石九升二合、四〇七円四〇銭、牛一頭四五円、豚九五五円六〇銭、鶏二〇羽、七四円、藁工品縄七〇〇貫、俵二三束、九一円、家畜尿一三、〇〇〇質、一三〇円、廐肥一一、八〇〇貫、二八円、生草三、〇〇〇貫、三〇円、乾草五〇貫、二円、計四、四六二、九二〇円

  〔支出〕農用建物九棟の計一、二七〇円七七銭、諸係四一六円二〇銭、小作料二二一円五四銭、農用利子と償還金三六八円、薬草代三〇円、雑費七四円、合計二、三八〇円五一銭

 差引益金二、〇八二円四一銭

 自作農家

  〔収入〕米三八石三斗、一、〇五三円二五銭、糯米六石七斗七升、一九六円三三銭、大豆二石三斗、二七円六〇銭、小豆四斗二升、七円五六銭、雑穀二二円五〇銭、大麦二石四斗五升、二四円五〇銭、紫雲英種子三斗九升、一七円五五銭、胡瓜二九、五八二本、二〇五円五〇銭、甜瓜三、三五〇個、五八円三〇銭、西瓜一、一八〇貫、一五二円八〇銭、トマト八三五貫、一八五円三〇銭、白菜一、四九六貫、一二六円、大根一、二八〇貫、一〇八円五〇銭、その他一〇円三〇銭、わら工品二五円、合計二、二二〇円二九銭

  〔支出〕温床費二九円四八銭、肥料代二四七円九〇銭、雇人費三四円五〇銭、借牛料一八円、籾摺賃一五円八〇銭、農具一五円三〇銭、修繕費、薬剤費七円六二銭、種子代一六円七〇銭、飼料代一四円六〇銭、諸係一四三円六〇銭、償却費一四〇円、合計六八三円五〇銭差引益金一、五三六円七九銭

  経済更生計画を樹立して三年目で村のそれぞれの代表、即ち小作、自小作、自作の三階層の農家から収支状況の調査を報告してもらった。この結果、多少の差異はあるが一躍生産も伸びて、収支のバランスも赤字から黒字に転じていることがわかり、経済更生の実施が確実に実ってきた。このことは産業組合からすべて総合的に見た上で判断をしなくてはならないが、村の農民達が経営面で立ち直りを示してきたことは事実であった。

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 ▲ 1:第一節 経済更生の遠因と動機 2:第二節 経済更生村に指定 3:第三節 経済更生計画樹立 4:粟田トマトの栽培と加工場 5:第五節 上林の共同養鯉場 6:野菜園芸の共同栽培と出荷 7:第七節 農事改良組合の活動 8:第八節 改良和牛の導入 9:第九節 村の家(聖農修練舎)の誕生 10:第十節 経済更生持別指定村